私達のお仕事哲学/桜井

わたしは、茨城県の北部奥久慈山間部にある、とある小さな町のお米や酒などを販売している家の長女としてこの世に生を受けました。
私から見ると祖父になりますが、自分で土地を買って、店を開き、リヤカーで遠方まで酒を仕入れに行って、畑を作り、山を買い、そうして財産を作って来たと聞いています。そんな家ですくすくと育ってきたわけですが、苦労してそこまで財産を増やしてきた祖父のワンマンぶりは、ご想像にお任せします。ですから、思春期には衝突したものです。
そこでの母の苦労は、思い出すだけで目頭が熱くなります。
朝早くから夜まで働きづめでした。父は、公務員で中学の教師をしておりましたので、日曜日でも部活だと言って・・・。
思い出の中に父が家に居た記憶は余りありません。それでも笑顔の絶えない家庭だったことを、本当に両親に感謝しています。

小学生の頃は母について畑仕事をしたり、お店の手伝いをしたりしていました。今思うと「母親と一緒に居たかったんだな」と感じます。
小学校3年生の時、家を建て替えたのですが、蔵と倉庫を一部改修し5ヶ月間位そこで生活しました。子供心に楽しかった感じが残っています。
学校から帰ってきては、大工さんたちの仕事をじぃっと見ていたのを覚えています。その頃は、大工さんの手が魔法の手に見えたのかもしれません。

新しい家が出来上がって、初めて自分の部屋が持てて嬉しかったのは間違いないのですが、記憶の中には、自分の部屋に居たことより茶の間や台所にいた思い出ばかり、だから台所の寒かったこと。
昔の家は夏は涼しいのですが、冬は本当に寒かったです。だから、やっぱり暖かい家がいいですね。
自分が子供を持つようになって、「子どもが小さいうちは忙しくても、一緒にいる時間を沢山持つように。」と言ったのは父でした。記憶に無くても、私の小さいころは一緒に遊んでくれたのかもしれないと思った瞬間でした。
主人も子ども好きで、よく一緒に遊んでくれます。私が家事に仕事に忙しくても、娘3人明るく優しい子に育ってくれたことを心から感謝しています。こんな私だからこそ、これから家を建てようと考えていらっしゃる皆さんに、笑顔の絶えない明るい暖かい家を造って頂きたいと、本当に心から願っています。
家族の集まるキッチンやリビングは、日々の生活を想像して、安らげる使いやすい間取りにすることをお薦めします。

最終的にはその家に住む家族が、どのように生活するかです。どう生活するかによって、家族にとってすばらしい家になるはずです。
そのお手伝いがすこしでも出来ればと、日々思っております。
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