家は家族の安心基地/古城

私は日立市で生まれましたが、一番最初に住んだのは平屋の一戸建てだったそうです。もちろんその頃の記憶はありませんが、庭の芝生の上でお座りして父親と一緒に遊んでいる写真が残っています。母が私を出産し、まだ産院にいる時に父はその中古住宅を購入したそうです。母の話では、私はその家で歩行器を得意気に乗り回し、ある時、帰宅した父を勢いよく玄関に出迎えに行き、歩行器ごと落ちたそうです。
その後父の仕事の都合でいわき市に引っ越し、住んだのは2LDKのアパートでした。この頃には妹と弟が生まれ、私は幼稚園生になっていました。そのアパートから幼稚園までの道のりを毎日母と手をつなぎ歩いた事、妹や近所のお友達とシロツメクサで首飾りを作ったり、かくれんぼや鬼ごっこをして遊んだ事、何度も転びながらやっと自転車に乗れるようになった事など、母や近所のお母さん達に見守られながらたくさん遊んだ思い出があります。
入学した小学校の先生はとても優しく、幼稚園から一緒に行ったお友達も多かったので学校に行くのがとても楽しかったのを覚えています。
そんな矢先、突然両親に「転校するよ」と告げられました。私はとても嫌だったのですが、父の知り合いの紹介で手頃な物件を見つけたようでした。
こうして私が小学校1年生の6月、平屋の中古住宅に引っ越しました。私が二十歳の時に近所に新築するまで、ここで家族5人で過ごしました。
学校から帰ると母からおやつを貰い、宿題を片付けた後遊びに行きます。夜は家族で食卓を囲み、きょうだいげんかをしては母に叱られ、にぎやかな毎日でした。裏のアパートに妹の同級生が住んでいて、その子のお母さんに「あなたのおうちはいつもすごいね」と、遠回しに「うるさいよ」と言われていたので、相当騒がしかったんだと思います。確かに大声で喧嘩したり、歌ったり、かなり伸び伸び過ごしていたと思います。
結婚した今は主人と二人でその平屋の家に住んでいます。
子供の頃家族で住んでいた時は、「古くて恥ずかしい」「二階建てのおうちがいい」とわがままを言っていましたので、まさか自分が大人になって結婚した時にまたこの家に住む事になるとは思ってもいませんでした。
でも今はこの古い家が気に入っています。築30年は経っているので夏暑く冬寒いですし、何かいそうで怖いし(笑)、不便な点はあるのですが、子供の頃過ごした思い出が詰まっているからなのでしょうか。
昔とは逆に、今はわが家が静かで、裏のアパートの家族のにぎやかな声が聞こえてきます。
うるさく感じる時もありますが、「楽しそうでいいな」と思う時の方が多いですね。
こうして自分が住んできた家を振り返ってみると、家というのは家族の思い出づくりや絆を深めるための舞台であり、心の『安心基地』なんだと思います。学校や職場で嫌な事・辛い事があった時に支えてくれるのは家族です。家族と過ごした思い出や大切にされた記憶はいつまでも心に残り、頑張ろうという気持ちの原動力や、自分の人生を幸せだと思える材料になると思うんです。
建築中のお客様、見学会などに来場して下さった方々皆様が、ご家族と幸せな時間を過ごすための家づくりを考えていらっしゃるご様子を拝見すると、とても嬉しく思います。大切な人達との未来をより良いものにしようとしているお姿は、キラキラ輝いて見えるのです。
これからもお客様とのご縁を大切に、楽しい家づくりと思い出づくりを楽しみに働いていきたいと思います。
どうぞ宜しくお願い致します!
福島県 いわき市 工務店の福家産業トップへ -> -> 家は家族の安心基地/古城







Happy子育て



お客様の声
暮らし方★バリエーション
ケータイから福家産業
